猪熊弦一郎の略歴──具象から抽象へ、自由を求めた画家
猪熊弦一郎(いのくま げんいちろう、1902〜1993)は、香川県高松市に生まれた洋画家です。東京美術学校(現・東京藝術大学)で藤島武二に師事し、在学中から帝展で入選を重ねました。1938年に渡仏してアンリ・マティスに学び、色彩と形態の自由な表現に開眼します。戦後は新制作協会の中心メンバーとして活躍し、1955年にはニューヨークに拠点を移して約20年間アメリカで制作を続けました。具象画から出発して壮大な抽象世界へと到達したその画業は、日本の近代洋画史における最も重要な軌跡のひとつです。晩年はハワイと丸亀を拠点にし、1993年に91歳で逝去しました。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)は、彼の功績を今に伝えています。
作風と代表作──色彩と形態の自由な飛翔
猪熊弦一郎の作品は、時期によって大きく印象が異なります。戦前から終戦直後は写実的な人物画や風景画を手がけ、上野駅の壁画《自由》(1951年)は多くの人の目に触れた代表作です。渡米後は抽象表現へと大胆に転換し、大画面に鮮やかな色彩と幾何学的なフォルムが踊る独自の抽象画を確立しました。晩年の作品では、猫や顔のモチーフを抽象化した親しみやすいイメージが展開され、デザイン性の高さも相まって幅広い世代に支持されています。JR上野駅や三越百貨店の包装紙デザインなど、パブリックアートやデザインワークでも知られ、「美術は生活の中にあるべき」という信念を体現した画家でもありました。

猪熊弦一郎が手がけた三越百貨店の包装紙デザイン
市場価値・査定のポイント
猪熊弦一郎の作品は、具象期と抽象期で市場評価の傾向が異なります。抽象期の大型油彩は数百万円から数千万円台の評価がつくこともあり、特にニューヨーク時代の力強い抽象画は高く評価されています。具象期の人物画や風景画も、制作年代やサイズに応じて数十万円〜数百万円の幅で取引されています。
版画・リトグラフ・シルクスクリーンなどの多色刷り作品は比較的流通量が多く、数万円〜数十万円程度が目安です。査定では、制作時期(具象期・過渡期・抽象期)、技法(油彩・アクリル・版画・ドローイング)、サイズ、モチーフ(猫・顔・抽象形態など)、サインの有無、展覧会出品歴、保存状態を総合的に判断します。額装の裏面にある展覧会ラベルやギャラリーシールも来歴の重要な手がかりとなります。
オークション市場の実態
オークション市場の実態
近年のオークション結果を見ると、猪熊弦一郎の作品は、油彩・アクリル・グワッシュ・水彩・ドローイング・版画集まで幅広く流通しており、メディアによって価格帯が大きく異なります。
版画や小品のドローイングは数万円〜20万円台で取引される例が多い一方、油彩やアクリルなどの本画では、20万円台〜100万円台、さらに大型作品や来歴の明確な作品では数百万円〜1000万円台まで評価が伸びるケースがあります。
特に評価が伸びやすいのは、
・1960年代の抽象作品
・「顔」「猫」「人物」など猪熊らしいモチーフ
・展覧会出品歴や画廊来歴のある作品
といった条件を満たすものです。
実際に、大型抽象作品や代表的モチーフを含む作品では、エスティメートを大きく上回る落札例も確認されています。

引用元 : https://www.mutualart.com/Artwork/Highway–gray-/4B2E283D0B583DF40895F9493C430C97
一方で、版画集や紙作品では、状態や付属品の有無によって価格差が大きくなります。
たとえば《FACES》《惑星通信88》のような版画集は、
・サイン
・エディション
・奥付
・オリジナルケース
の有無が重要で、シートのヤケやシミも評価に影響します。

Genichiro Inokuma FACES (portfolio of 5, 1989 lithograph
👉 このことから、猪熊弦一郎は
「作家名だけで相場が決まる作家」ではなく、
制作年代・モチーフ・メディア・来歴によって評価が大きく変わる作家
であると言えます。
買取でよくあるご質問
Q. 猪熊弦一郎の版画にはどのような種類がありますか?また、価値はありますか?
A. リトグラフ(石版画)やシルクスクリーンが中心で、エディション(限定部数)付きで制作されています。猫やフェイスなどのモチーフは特に人気があり、市場でも一定の評価があります。
Q. 美術館にある作品と同じ図柄を持っていますが、複製でしょうか?
A. 版画の場合は、同一図柄でもエディション違いとして複数存在しますので、複製とは限りません。一方、肉筆画の場合も、猪熊は同じモチーフを繰り返し制作しているため、類似構図でも別作品である可能性があります。実物の確認が重要になります。
Q. 油彩やアクリル作品はどのようなものが高く評価されますか?
A. 制作年代とモチーフが重要です。特に1960年代の抽象作品や、「顔」「猫」「人物」など猪熊らしいモチーフを含む作品、さらに展覧会出品歴や画廊シール(例:日動画廊・海外ギャラリー)のある作品は評価が伸びやすい傾向があります。
Q. 鑑定書がない場合でも相談できますか?
A. 可能です。ただし猪熊作品は、日本洋画商協同組合の鑑定登録証書が付属するケースも多く、流通上の信頼性に影響します。まずは作品全体、サイン、裏面のシールなどを写真でお送りいただければ、確認ポイントをご案内いたします。
執筆・監修
- ▸ 2009年、東京都文京区湯島にてロイドワークスギャラリー創業
- ▸ 美術品・絵画の買取/展示/査定/鑑定業務に30年以上従事
- ▸ BSフジ「ブレイク前夜」プロデュース
- ▸ 香月泰男・東郷青児・荻須高徳・藤田嗣治など戦後洋画の買取/査定実績多数
- ▸ 油彩/パステル/リトグラフ/デッサン/陶板画まで幅広く対応
